大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成7年(ワ)3893号 判決 1996年12月26日

主文

一  被告は、原告に対し、金二四一二万円及びこれに対する平成五年二月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを四分し、その三を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

理由

【事実及び理由】

第一  請求

被告は、原告に対し、金一億円及びこれに対する平成五年二月一一日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、原告と被告が協力して分譲リゾートマンションを建築し、被告が原告からこれを買い取り分譲することを目的とした基本協定を締結した後、原告が開発許可及び建築確認を得たのに、被告が国土利用計画法(以下「国土法」という。)の届出手続に協力せず、結局、本契約が締結されずに終わったとして、原告が、被告に対し、開発許可申請費用等につき、信義則上の義務違反を理由とする債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償を求めている事案である。

一  基礎となる事実(証拠を掲げた箇所以外は当事者間に争いがない。)

1 原告は不動産の売買等を目的とする会社、被告は土地の造成分譲及び建売等を目的とする会社であり、訴外株式会社デザインショップ一二一(以下「訴外会社」という。)は建築企画等を目的とする会社である。

2 原告、被告及び訴外会社は、平成二年一一月三〇日、市街化区域及び商業地域内にあり、かつ、日光国立公園の特別地域内にある別紙物件目録一記載の土地(以下「本件一土地」という。)上に同目録三記載の建物(以下「本件建物」という。)を建築し、被告が原告からこれを買い取り分譲することを目的として、以下の約定による基本協定(以下「本件基本協定」という。)を締結した。

(一) 原告は、右土地建物の売主として、被告は、その買主として、訴外会社は、本件建物の企画・設計・管理及び許認可取得業務の担当者として、右三者の協力により、キャトルセゾン第二次事業と称する分譲リゾートマンションの建築、分譲事業(以下「本件事業」という。)を達成する。

(二) 原告は、訴外会社と協力して、被告が希望し承認した設計・仕様に基づく本件建物の設計業務を完了し、被告の同意を得た上、平成三年五月二〇日を目処に開発許可を取得し、同年六月三日を目処に建築確認を取得する。原告は、開発許可時までに開発行為を行い、とりわけ本件一土地上に存在する有限会社きぬ川館第二別館所有の建物を収去して更地とし、原告が右会社との間で締結する本件事業の協力確認書を本協定締結時に被告に対して交付する。ただし、行政官庁の指導等原告の責によらざる事由により、開発許可及び建築確認の完了が当初より遅延した場合は、原告及び被告は、改めて協議の上期限を延長することができる。この場合において、被告が同年秋の販売期(同年九月ないし一一月)に前記土地建物を分譲販売することが困難になったときは、原告に対し、平成四年春の販売期前まで本契約の締結時期の延長を申し出るものとし、新たな契約締結日は原告と被告が協議して決める。

(三) 原告と被告は、右(二)の手続完了後、直ちに、右土地建物の売買に関し、売買予定対価にかかわらず最大の価額が得られるように協議決定した条件をもって、国土法二三条に基づく届出手続を協力して行う。右届出に関し、関係官庁より価格の変更等の指導を受けた場合には、原告、被告及び訴外会社は、協議の上善処する。

(四) 原告と被告は、国土法二四条一項の不勧告通知を受領した日から七日以内に、右土地建物につき、以下の内容による売買契約を締結し、同日をもって原告は本件建物の工事に着手する。

<1> 売買予定対価

五八億三五六六万七五〇〇円(本件建物の専有面積一坪当たり一九五万円)

<2> 代金支払方法

ア 本契約締結時

二〇億五八四七万五五〇〇円

イ 建築代金支払時

三七億七七一九万二〇〇〇円

(五) 原告は、本契約の締結時までに、本件一土地の隣地及び道路との境界並びに境界点を関係者立会の上被告に明示した上、実測測量図を被告に引き渡し、右土地のうち借地部分の所有権を取得する。

(六) 原告は、本件一土地に地上権、地役権、質権その他所有権の行使を阻害する制限若しくは負担があるときは、これを抹消して前記(四)<2>アの代金支払と同時に、右土地の完全な所有権を被告に移転し、所有権移転登記手続に必要な書類を引き渡すとともに右土地を引き渡す。

(七) 原告は、被告又はその指定する者が本件建物の完成後直ちに表示登記手続を行うことを承諾し、前記(四)<2>イの代金支払と同時に、被告に対して右建物の所有権を移転する。

(八) 本件建物の建築費の範囲は施工業者に対する支払金額とし、原告は、法延床面積一坪当たり九〇万円を限度としてこれを負担し、右金額を超過する部分は、その理由のいかんにかかわらず、すべて被告の負担とする。

(九) 本件建物の施工業者は被告と訴外会社が協議の上これを決定し、原告が自己の名義により右業者との間で建築請負契約を締結して、その履行義務を負うが、被告は、原告の右債務を免責的に引き受け、原告に何らの債務も負わせない。

3 原告は、本件基本協定に基づき、本件一土地を含む別紙物件目録二記載の土地(以下「本件二土地」という。)上に分譲リゾートマンション及び自己の業務用レストランを建築することとし、平成三年二月一九日、藤原町に対して事前協議の申請をした後、同年九月三〇日、栃木県に対して都市計画法に基づく開発行為の許可申請を、同年一〇月一一日、環境庁に対して自然公園法に基づく工作物新築の許可申請をそれぞれ行い、平成四年三月二日に環境庁の許可を、同年三月二五日に栃木県の開発許可をそれぞれ取得し、同年六月ころ開発行為に関する工事を完了して、同年七月八日、栃木県から建築制限解除の承認を受け、同年七月二七日には、栃木県建築主事の建築確認を得た。

4 そこで、原告は、本件基本協定に従い、被告に対して、直ちに、右土地建物の売買につき、国土法二三条に基づく届出手続の協力を求めたが、被告が応じなかったため、平成四年一〇月九日到達の書面をもって、右届出手続の協力又はそれに代わる新協定の締結を求めたところ、被告は、平成五年二月一〇日、原告に対し、事情変更を理由に本契約の締結を拒否する旨通告した。

5 原告は、その後、本件事業の遂行を断念し、平成六年九月九日、本件二土地の一部を訴外関東百貨店健康保険組合(以下「訴外組合」という。)に売り渡した。

二  原告の主張

1 本件基本協定が成立した段階では、国土法の手続が未了であるため、不確定要素が残ってはいるが、本契約の売買予定対価及びその支払方法が合意されている上、原告において直ちに被告が希望し承認した設計・仕様に基づく本件建物の設計業務の完了並びに被告の同意を得た開発許可及び建築確認の取得を行うことが定められている。開発許可の取得には土地の開発行為による更地化が前提条件であり、そのために、本件基本協定では、原告の先履行義務として、隣地及び境界線並びに境界点の確認と実測図の引渡、借地部分上の関東バスの操車場及び従業員宿舎の移転と右部分についての原告による所有権の取得、有限会社きぬ川館第二別館所有の地上建物の収去が約定されている。また、建築確認の申請のために、土地の区画形質の変更を含む整地、進入路の建設、側溝の埋設、土手の補強、雨水処理の整備等を行うことも原告の先履行義務とされている。したがって、本件基本協定の成立により、原告と被告は売買契約の締結に向けて緊密な関係に立ったものであり(なお、原告は、これにより売買予約が成立したとの主張をするものではない。)、被告は、一方的に契約の締結を拒否するなどして原告に損害を被らせないよう配慮すべき信義則上の義務を負うから、これに違反したときは、原告に対し、債務不履行又は不法行為による損害賠償責任を免れない。

2 原告は、本件基本協定に基づき、平成四年七月二七日ころまでには、開発許可及び建築確認のほか、右の先履行義務を履行し、栃木県との交渉の結果、原告と被告間の売買予定対価につき国土法の不勧告通知がされる見通しであることを確認していたのに、被告は、国土法二三条に基づく届出手続の協力を拒み、本契約の締結を一方的に拒否したものであるから、信義則上の義務違反がある。

3 原告は、被告の右義務違反により、次のとおり合計三億一〇〇一万二七〇〇円の損害を被った。なお、支払名義人が有限会社紅葉や(以下「紅葉や」という。)となっているものもあるが、紅葉やは、原告代表取締役星尭の妻である星文江が代表取締役の会社であり、単に支払名義を借用したものにすぎず、原告がすべて支払ったものである。

(一) 測量費 二〇〇万円

(二) 開発造成工事等費用 一億〇五七一万二七〇〇円

(三) 開発許可申請費用 一億〇五〇〇万円

(四) 建築確認費用(設計費を含む) 九七三〇万円

4 よって、原告は、被告に対し、右損害の内金一億円及びこれに対する被告による本契約の締結拒否の日の翌日である平成五年二月一一日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

三  被告の主張

1 被告には本件基本協定に関する信義則上の義務違反はない。

(一) 本件基本協定は、国土法の届出手続の完了後に改めて売買契約を締結するまでの中間的な合意程度のものにすぎず、具体的な権利義務を発生させる法的拘束力はない。国土法二三条の規制の適用を受ける土地の売買については、一定の場合を除き、予約を含め、知事に対する届出が必要であるが、この届出をしても、知事が判断する以前は法律上白紙の状態であって、同法二四条に基づく知事の勧告通知があれば、契約の締結を中止する事態も考えられる。本件基本協定中に、右届出に関し、関係官庁より価格の変更等の指導を受けた場合には、原告、被告及び訴外会社は協議の上善処すると約定されている一方、ペナルティー条項がないことも、本件基本協定に法的拘束力がないこと示している。したがって、当事者の一方に本件基本協定の合意内容に反する行為があっても、相手方に損害賠償請求権を発生させるものではないばかりでなく、本件のような場合において、被告の損害賠償責任を認めることは、国土法の趣旨に反することにもなり、到底許されない。

(二) 被告が国土法二三条に基づく届出手続に協力せず、本件事業から撤退したことは、被告の責めに帰することのできない事由によるものである。被告は、本件基本協定に基づき、平成三年一〇月ころ、本件事業による第一期分譲販売を予定し、原告に対する代金の支払についても、右の時期における分譲販売を前提に銀行からの借入れを予定していたところ、原告の義務とされている開発許可及び建築確認の取得が本件基本協定上の予定日より約一年二か月も後の平成四年七月二七日にまでずれ込み、この間に、リゾートマンションの市況も悪化し、銀行借入れも次第に困難になり、ついに被告が本件事業から撤退することを余儀なくされた。

2 原告がその主張のような損害を被ったとしても、原告が本件事業に投下した費用は、自らのリスクに基づく先行投資であって、これを被告に転嫁することは許されず、被告が本契約の締結を拒否したこととの間に相当因果関係はない。また、原告自身の開発行為により本件二土地の価値が増加し、本件事業の中止後に、右のとおり価値の増加した土地の主要な部分を他に転売し、利益を得ているのであるから、原告に損害が発生したとは考えられない。さらに、原告主張の損害項目の中、原告とは別法人である紅葉やの支払分については原告の損害であるとはいえない。

四  争点

1 被告に本件基本協定に関する信義則上の義務違反があったか。

2 右1が認められるとして、被告の損害賠償額はいくらか。

第三  争点に対する判断

一  争点1(被告の本件基本協定に関する信義則上の義務違反の有無)について

1 前記基礎となる事実と《証拠略》を総合すれば、以下のとおり認められる。

(一) 原告は、訴外会社に設計・販売計画等を委託して栃木県塩谷郡藤原町大字藤原ヌカリ一九番五六外四三二〇平方メートル上にキャトルセゾンと称するリゾートマンション三二戸を完成させた上、昭和六三年七月二五日、これを第三者に分譲する目的で、土地付区分所有建物として代金九億三〇二九万八〇〇〇円で被告に売り渡したところ、被告は、同年八月から九月にかけてその分譲をすべて完了した。当時、第一勧業銀行に対して多額の借入債務を負担していた原告は、右分譲の成功を受け、本件一土地を利用してキャトルセゾン第二次事業を行うこととし、昭和六三年一二月ころ、訴外会社に相談して複数の開発会社との間で事業計画を煮詰めるとともに、平成元年一月ころ、右土地の測量等を行ったが、結局、右会社との間では事業計画がまとまらず、平成二年夏ころ、訴外会社から被告に対し本件事業の話が持ち掛けられた。

(二) 被告は、土地の造成分譲及び建売等を目的とする資本金四億円の会社であり、当初、分譲マンションの販売の仲介を希望したが、売れ残った場合の原告のリスクが大きいところから訴外会社に断られ、代って、訴外会社から、分譲リゾートマンション一六九戸を被告の意向に沿う設計により建築するが、開発許可及び建築確認は原告において取得すること、被告は建築資金を含む開発資金を提供し、土地建物をすべて買い取って分譲することを条件として提示され、被告もこれを承諾した。本件一土地のうち、別紙物件目録一の1、2の各土地は原告の所有であるが、同3の土地は借地であり、これらの土地上には、原告代表者のいとこの夫が経営する有限会社きぬ川館第二別館の建物、原告代表者のいとこが経営するレストランの建物及び従業員宿舎が存在するほか、一部を関東バスに操車場として賃貸していたため、開発許可を取得するためには、土地の区画形質を変更して開発行為を行い、とりわけ更地化のため旅館等の建物の収去、操車場の移設を行い、また、借地部分の所有権を原告において取得する必要もあった。

(三) 訴外会社が試算した開発費用四億四七五〇万円については、被告がこれを原告に貸し付ける案も検討されたが、結局、原告が銀行融資を受けて賄うことになり、前記のとおりあらかじめ合意されたところに従い、平成二年一一月三〇日、原告、被告及び訴外会社との間で、本契約締結時に被告から原告に支払われる二〇億五八四七万五五〇〇円と建築資金相当分三七億七七一九万二〇〇〇円の合計五八億三五六六万七五〇〇円を売買予定対価とし、売主を原告、買主を被告、本件建物の企画・設計・管理及び許認可取得業務の担当者を訴外会社として、右三者の協力により、本件事業を達成することを目的とする本件基本協定が締結された。これによれば、本件建物は、被告が希望し承認した設計・仕様に基づくこととし、原告が開発許可は平成三年五月二〇日を目処に、建築確認は同年六月三日を目処にそれぞれ取得するが、いずれも被告の同意を得て申請手続を行うべきものとされた。

(四) 原告は、平成三年二月一九日、藤原町に対して事前協議の申請をし、同年八月二八日、開発行為を行うことにつき土地の担保権者である第一勧業銀行の同意を徴した後、同年九月三〇日、栃木県に対して開発行為の許可申請をした。本件二土地は、市街化区域及び商業地域内にあり、自然公園法の規制を受ける日光国立公園の特別地域内でもあるところから、その開発行為に当たっては、藤原町、栃木県、環境庁及び林野庁との交渉が必要とされ、訴外会社がこの四者間の意見を調整してその同意を得るのに時間を要し、また、開発許可申請の前提となる土地の更地化も、原告代表者の親族が経営する旅館及びレストランの収去に伴う営業補償及び代替建物の提供等に手間取ったが、平成四年三月二日に環境庁の工作物新築許可、同年三月二五日に栃木県の開発許可をそれぞれ取得した。訴外会社は、同年五月ころまでには造成整地を終えてリゾートマンションのモデルルームを建築し、同年七月ころから本格的な販売広告活動を始めるとのスケジュールを立て、被告との売買予定対価につき不勧告通知がされるよう栃木県との事前交渉を始めた。

(五) しかし、関東バスの移設問題の解決が用地の交換契約や諸官庁の認可等の関係から遅延したこともあって、開発行為に関する工事の完了が同年六月ころにまでずれ込み、同年七月八日、ようやく栃木県から建築制限解除の承認を受け、建築確認を取得するに至った。訴外会社は、そのころまでには、栃木県に対して信用力のある不動産鑑定士の鑑定等から、不勧告通知がされるとの見通しを立て、原告側にその趣旨を伝えていた。原告は、本件基本協定に従い、被告に対して、直ちに、国土法二三条に基づく届出手続の協力を求め、同年一〇月九日には、右届出手続の協力又はそれに代わる新協定の締結を求めたが、被告は、平成五年二月一〇日、原告に対し、事情変更を理由に本契約の締結を拒否する旨通告した。

2 右認定の経緯及び本件基本協定の前記内容を考慮すれば、本件基本協定は、開発許可及び建築確認を取得し、国土法二三条に基づく届出手続をした後、不勧告通知が出ることを前提に、改めて土地建物に関する売買契約を締結することを目的として、売買契約締結の準備段階においてされた合意というべきである。本件基本協定中には、売買予定対価及びその支払方法、土地所有権の移転及び所有権移転登記の時期等の定めがあるほか、本件建物は被告が希望し承認した設計・仕様に基づくものとし、その建築費は法延床面積一坪当たり九〇万円を限度として原告が負担するが、これを超過する部分はすべて被告の負担とし、施工業者との間の建築請負契約上の債務についても被告が免責的に引き受け、開発許可及び建築確認の取得も被告の同意の下に行うことが定められ、他方、原告の義務として、開発許可及び建築確認の前提となる本件一土地と隣地との境界線及び境界点の確認と実測図の引渡、有限会社きぬ川館第二別館所有の建物の収去による土地の更地化、借地部分についての原告による所有権の取得などが具体的かつ詳細に約定されている。国土法二四条の勧告がされた場合には売買予定対価の見直しが必要になるなど不確定な要素もあり、売買の予約ということができないことは、原告も自認するところであるが、本件基本協定の成立により原告と被告との間には本契約の締結に向けた緊密な関係を生じ、その後、開発許可及び建築確認の段階にまで進んでいる以上、特段の事情がない限り、本契約が成立するとの合理的な期待を抱かせるに至ったものというべきである。したがって、この合理的な期待を裏切り、特に正当視すべき理由もないのに、契約の締結に向けた行為に出ることを一方的に拒否することは、契約準備段階にある当事者として信義則上の義務違反に当たるから、その者は、相手方に対して不法行為による損害賠償責任を負うものといわなければならない(最高裁昭和五九年九月一八日判決・裁判集民事一四二号三一一頁、同平成二年七月五日判決・裁判集民事一六〇号一八七頁参照)。

ところで、被告は、本件基本協定は、国土法の届出手続の完了後に改めて売買契約を締結するまでの中間的な合意程度のものにすぎず、国土法の規制の適用を受ける土地の売買については、予約を含め、同法二三条に基づく届出をしても、知事が判断する以前は法律上白紙の状態であって、同法二四条に基づく知事の勧告通知があれば、契約の締結を中止する事態も考えられ、本件基本協定中に、右届出に関し、関係官庁より価格の変更等の指導を受けた場合には、原告、被告及び訴外会社は協議の上善処すると約定されている一方、ペナルティー条項がないことなどから、本件基本協定には、具体的な権利義務を発生させる法的拘束力がない旨主張する。確かに、国土法の規制を受ける土地の売買については、知事の許可又は不勧告通知等があるまでは、売買契約やその予約の締結が禁止されているが(同法一四条一項、三項、二三条一項、三項)、その趣旨は、右のような土地取引については、地価の抑制と土地利用の適正化を図るとの公益目的の見地から知事にその適否を判断させるのが相当とされたことにあり、同法二三条に基づく届出が未了のまま終わった本件のような場合において、売買契約の締結に向けた準備段階にある当事者として信義則上の義務違反行為をした者に相手方に対する損害賠償義務を負わせても、同法の趣旨に反するものではない。本件基本協定が売買予約でないことは前示のとおりであるが、その内容及び締結の経緯等にかんがみると、被告主張のような条項上の点を考慮しても、本件基本協定が何らの法的拘束力もないということは到底できない。

3 被告は、被告が国土法二三条に基づく届出手続に協力せず、本件事業から撤退したことは、自己の責めに帰することのできない事由によるものである旨主張し、前示のような被告の信義則上の義務違反の点を争う趣旨と解されるので更に検討するに、原告による開発許可の取得が本件基本協定において約定された目処の日より約一〇か月、建築確認の取得が同じく約一年一か月遅延したこと、その原因が、本件開発行為に当たって必要な藤原町、栃木県、環境庁及び林野庁の四者間の意見調整とその同意を得る作業並びに開発許可申請の前提として右土地を更地化する作業に手間取り、関東バスの移設問題の解決が開発許可の取得以降にずれ込んだことなどにあることは前示のとおりである。

しかしながら、前記基礎となる事実及び《証拠略》を総合すると、訴外会社は、原告による開発許可及び建築確認の取得が右のような原因で本件基本協定の予定より遅延している事情を被告に報告していたこと、被告は、ことに平成三年後半ころからはリゾートマンションの市況が急速に下降に向かったこともあって、遅延が進むにつれて本件事業の遂行を危惧する反面、景気の回復を待ってもよいとの判断も働いていたこと、平成四年四月ころ、被告が本件事業に関する融資を予定していた金融機関から融資に難色を示され、被告の担当者の長期入院等の事情も重なって、同年一〇月九日に原告側からされた国土法二三条に基づく届出手続の協力要求に応じなかったこと、その後、被告は、他の開発業者との共同事業の形態をとって本件事業を遂行する道も模索してみたが、いわゆるバブル経済の崩壊により不動産市況が厳しさを増していた折から、二、三の開発業者との折衝も成功せず、平成五年二月一〇日には、被告が最終的に原告に通告して本件事業から撤退したことが認められる。

右事実からすれば、被告が売買契約の締結に向けた国土法二三条に基づく届出手続の協力を拒否したのは、主としていわゆるバブル経済の崩壊によるリゾートマンション市況の悪化が理由であると認められるが、被告は、前示のとおり、土地の造成分譲及び建売等を目的とする資本金四億円の会社であり、本件事業に先立ち、原告が訴外会社に設計・販売計画を委託した分譲リゾートマンション三二戸を昭和六三年八月から九月にかけて完売した実績も有している。地価高騰を防ぐねらいで、金融機関の不動産業向け融資残高を規制するいわゆる総量規制が平成二年四月から実施されていたことは公知の事実であるから、同年一一月三〇日に至り、被告が原告との間で、その第二次事業としてのリゾートマンション一六九戸の分譲を目的とする本件基本協定を締結するに当たっては、景気の動向やリゾートマンション市況の現状及び今後の見通し等の諸般の事情を総合的に検討したはずである。また、本件基本協定には、原告の責によらざる事由により開発許可及び建築確認が当初の予定より遅延した場合は、原告及び被告が改めて期限の延長をすることができる旨の約定も存在している。それにもかかわらず、原告側の事情で開発許可及び建築許可が遅延した事情があるからといって、本件基本協定の締結から約二年三か月後に、本契約の締結に向けた行為に出ることを一方的に拒否することは、本契約が成立するとの原告の合理的な期待を裏切るものであり、特に正当視すべき理由もないものというほかはない。したがって、被告には、契約準備段階にある当事者として信義則上の義務違反行為があり、原告に対して不法行為による損害賠償責任を負うものといわなければならない。

二  争点2(被告の損害賠償額)について

1 測量費

《証拠略》によれば、原告は、平成元年一月一三日に本件一土地の測量費として二〇〇万円を支出したことが認められる。しかし、原告は、前示のとおり、昭和六三年に右土地を利用してキャトルセゾン第二次事業を行うことになり、被告とは別の複数の開発会社との間で事業計画を煮詰めていた際に右土地の測量を行ったものであり、結局、右会社との間では事業計画がまとまらず、その後、訴外会社の紹介により被告が本件事業に参画するようになり、本件基本協定を締結するに至ったものであるから、右測量費は、被告の前記義務違反と相当因果関係のある損害とはいえない。

2 開発造成工事等費用

本件基本協定において、原告は本件事業につき開発許可及び建築確認を取得すべきものとされ、隣地及び境界線並びに境界点の確認と実測図の引渡のほか、開発許可の前提としての開発行為、すなわち、土地の区画形質の変更、とりわけ更地化のため旅館の建物の収去が原告の義務とされていたことは前示のとおりである。そして、《証拠略》によれば、原告は、平成三年二月の事前協議の申請から平成四年七月の開発許可までの間に、磯部建設株式会社(以下「磯部建設」という。)に依頼して右作業を実行し、そのために民民境界協定申請費用一六万円、官民境界協定申請費用二〇万六〇〇〇円、地質調査工事代二二六万六〇〇〇円、現況測量工事代四〇万一七〇〇円、導入路設置等造成工事代二一三二万一〇〇〇円、同変更分八万二四〇〇円、駐車場出入口設置工事代三七万〇八〇〇円、スポーツ施設測量工事代一四三万円、バス操車場の移設に伴う移転先の雑木伐採工事代八万二四〇〇円、同じく移転先の駐車場造成工事代二三一七万五〇〇〇円、乗務員控室新築工事代四一二万円、旅館の収去に伴う解体及び伐採工事代四一二〇万円、仮設倉庫工事代四〇一万七〇〇〇円、樹木の移植及び倉庫棚取付工事代二二四万五四〇〇円、レストランの収去に伴う仮設倉庫代及び冷蔵庫新設工事代四六三万五〇〇〇円の合計一億〇五七一万二七〇〇円を支払ったことが認められる。

しかしながら、原告は、前示のとおり、被告から本契約の締結を拒否されて本件事業の遂行を断念した後、平成六年九月九日には、本件二土地の一部を訴外組合に売り渡したところ、《証拠略》によれば、本件事業の計画地は約一八〇〇坪、訴外組合に対する右売却地は約一三五〇坪であり、両者の範囲及び形状は一致しないが、旅館、レストラン及びバス操車場の跡地など本件事業の計画地の主要な部分において右売却地と重複していること、原告は、前記費用を投じて土地の区画形質の変更工事及び更地化工事等を行った後に、これを訴外組合に対して約六億五〇〇〇万円で売却したこと、訴外組合は、この買受地上に保養所を新築することとし、平成七年五月に開発許可、同年七月に建築許可をそれぞれ所得して建築業者に施工させ、平成八年夏ころには竣工して現に使用していることが認められる。右事実からすれば、訴外組合は、本件事業とは別に、保養所の新築工事に伴う開発許可及び建築確認を取り直しており、原告が本件事業のためにした開発行為がすべてそのまま有効利用されているとはいえないが、《証拠略》から窺われる、原告のした開発行為の前後における右土地付近の状況及び形状並びに訴外組合による右竣工後の状況等を彼此対照するとともに、原告の訴外組合に対する売却は原告による本件事業の開発行為から約二年後の近接した時点においてされていること、右売却価格が原告の開発行為前の土地の現状有姿を前提にしたものとは到底考えられないことなどを併せ考慮すると、原告は、前記費用を投下して開発造成し価値の増加した状態で右土地を訴外組合に売却し利益を挙げたものと推認するのが相当である。これに反する原告代表者本人の供述は信用することができない。もっとも、右投下費用の中に売却利益によって吸収し得ない部分も含まれていることは否定し難いが、その範囲を的確に確定するに足りる証拠もないから、前示事実関係の下においては、原告が磯部建設に対して支払った前記認定の諸費用は、被告の前記義務違反と相当因果関係のある損害ということはできない。

3 開発許可申請費用及び建築確認費用(設計費を含む)

訴外会社は、建築企画等を目的とする会社であり、本件基本協定において、本件建物の企画・設計・管理及び許認可取得業務の担当者として、原告及び被告との協力により、本件事業を達成すべきものとされていたことは前示のとおりである。そして、《証拠略》によれば、訴外会社は、本件事業の開発許可申請業務を自ら行い、設計業務及び建築確認業務は株式を六割保有する子会社の訴外株式会社デザインショップ設計事務所(以下「訴外設計事務所」という。)に委託して行ったこと、訴外会社は、これに対する費用及び報酬として、紅葉やから、<1> 平成元年四月二八日に三〇〇〇万円、<2> 平成二年一一月二六日に五〇〇〇万円、<3> 平成二年一二月三一日に六二〇〇万円の各支払を受けたほか、被告から、<4> 平成三年一一月二九日に一〇三〇万円、<5> 平成四年五月一日に一〇〇〇万円、<6> 同年七月六日に四〇〇〇万円の各支払を受けたこと、訴外会社は、訴外設計事務所との合意に基づき、右<1>のうち一五〇〇万円を訴外会社の、その余を訴外設計事務所の、右<2>のうち二五〇〇万円を訴外会社の、その余を訴外設計事務所の、右<3>のうち二五〇〇万円を訴外会社の、その余を訴外設計事務所の、右<4>及び<5>を訴外会社の、右<6>を訴外設計事務所の各入金として処理したことが認められる。

ところで、原告は、紅葉やは単に支払名義を借用したものにすぎず、右支払金は原告がすべてこれを支払った旨主張し、《証拠略》には、右支払金が原告からの入金であるかのような記載があり、《証拠略》によれば、紅葉やの代表取締役である星文江は、原告の代表取締役星尭の妻であり、原告の取締役でもあること、星尭は、紅葉やの取締役にも就任していることが認められ、名義借用の点については、原告代表者本人も、右主張に沿う供述をしている。しかしながら、他方において、《証拠略》によると、原告は、昭和一七年に旅人宿業等を目的とし、肩書住所地を本店所在地とする資本金四八〇万円の有限会社として設立され、昭和六三年一一月に不動産の売買等を目的として追加したこと、紅葉やは、昭和五二年に旅館業等を目的とし、栃木県塩谷郡藤原町《番地略》を本店所在地とする資本金一〇〇万円の有限会社として設立され、昭和六三年一一月に右同様の目的を追加し、平成三年三月に本店所在地を宇都宮市に移転したこと、原告は、原告所有の本件二土地等を担保として金融機関から再三融資を受けているが、紅葉やは、これとは別に右土地等を担保に金融機関から昭和五九年六月に一億三〇〇〇万円、昭和六三年六月に五〇〇〇万円、平成二年三月に六億円の融資を受けていること、紅葉やは、原告が本件事業に先立って行った第一次事業の際には、星尭と並んで被告に対する連帯保証人になっていることが認められ、証人山下市治は、前記<1>ないし<3>の各入金は、紅葉やとの約束に基づき、紅葉やに対して請求書を送付し、紅葉やから入金された旨証言している。

以上の諸点にかんがみると、原告の前記主張に沿う証拠はたやすく採用することができず、右<1>ないし<3>の各入金に係る分は、原告の損害と認めることはできないが(なお、右<1>及び<2>は本件基本協定の締結前に支払われたものである。)、前記<4>ないし<6>の各支払に係る合計六〇三〇万円は、被告主張のように原告自らのリスクに基づく先行投資として原告自らが全面的に負担すべきものと割り切ることはできず、被告の前記義務違反と相当因果関係のある損害というべきである。もっとも、前示事実関係からすれば、被告が本件事業から撤退することになった原因としては、本件基本協定に基づき原告が行うことになっていた開発許可及び建築確認の取得が当初の予定より遅れ、このことがリゾートマンション市況の悪化と相まったという事情があり、原告としても、当時の客観的な情勢の推移にかんがみれば、本件事業の挫折という事態もある程度は予測し得ないものではなく、それに伴うリスクも契約準備段階にある一方当事者として多かれ少なかれ甘受していたと推認される。そして、原告が、その約一年半後には、本件事業としての開発行為を既に完了していた土地の一部を訴外組合に約六億五〇〇〇万円で売却し、利益を挙げていることなど本件に現われた諸般の事情を総合考慮すると、損害負担の公平を図るため、民法七二二条二項の規定に従い、右損害の六割を減額し、二四一二万円を被告に賠償させるのが相当である。

第四  結論

以上のとおり、原告の請求は、被告に対し、二四一二万円及びこれに対する不法行為の日の後である平成五年二月一一日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 篠原勝美)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例